時の流れを超えて 〜原節子の余生〜

40年前「ある日どこかで」(Somewhere in Time)という映画を観た。
タイムマシーンが出てこないタイムスリップ物のSF映画である。

somewhereintime.jpg写真は、主人公の男性(クリストファー・リーヴ)がふと立ち寄ったホテルの歴史資料室に飾ってあった昔のポートレートを見つけたシーンで、その女性(ジェーン・シーモア)に惹かれる。
写真の女性は、約70年前の1912年にそのホテルで公演した女優だということがわかったが、なんと1912年の宿泊名簿には主人公の男性の名前があった。そして "時の流れを超えて" 会いに行く…。
映画の出だしはこんな感じ。
実際にはもっと素敵なプロローグがあるので、興味のある人は是非観て欲しい。


そして、2021年の2月。
私は、ふとした事から昔の日本映画を調べていた。
黒澤明の映画は何本も観ているけど、海外で評価の高い小津安二郎の映画はちゃんと観たことがない。
「晩春」「麦秋」そして「東京物語」…原節子という女優が同じ役名で出演している。
もちろん「原節子」という名前は知っていたけど、どんな顔のどんな女性だったのかは知らない。

harasetsuko2.jpg世間が言うように美人だとは思うけど…私自身は「Somewhere in Time」の様にその写真に惹きつけられる感じはしない。
ネットで検索できる原節子の写真を見ると、歳を重ねるごとに魅力が薄らいでいったように感じる。
しかし、十代から二十代にかけて撮られたスナップは、知的で 凛とした美しさがある。

ちなみに「Somewhere in Time」のポートレートが魅力的に見えるのは、(ネタバレになるけど)その視線の先に愛する人がいるからである。
原節子の映画は数えるくらいしか観ていないけど、そういう目で相手を見るような恋愛映画はなかった。
唯一、原節子が恋する女性を魅力的に演じたのは、黒澤明監督の「わが青春に悔なし」かもしれない。
この映画の後半の演出は好きではないけど、前半で見せる原節子の笑顔と仕草(特に愛する野毛隆吉の事務所を訪ねるシーン)は、小津安二郎や木下惠介の作品よりも原節子を魅力的に見せている。

IMG_5787.jpg石井妙子さんが書いた「原節子の真実」を読んだ。
素晴らしい取材と文章力で、一気に読んでしまった。

原節子は、42才で女優「原節子」を辞め、その後は「会田昌江(本名)」として生涯を鎌倉浄妙寺の裏にある義兄の家で過ごした。結婚はせず、2015年 95才で亡くなった。
会田昌江に戻ってからは、一切の取材を受けず、ほとんど外出もしなかったということなので、石井妙子さんをもってしても晩年の様子は想像するしかない。
しかし、女優を辞めるまでの生き方、考え方については、時代背景を含め丁寧に書かれている。
テレビが普及していなかった当時の映画会社は、その時々の軍事政権に利用されてきた。(残念ながら、現代であっても「Fukushima 50」などは政府のプロパガンダ映画なので見る価値は無い。)
女優という仕事が「賤しいもの」「不真面目でふしだら」と見られていた時代に14才で映画界に入り、ある事がきっかけで17才の時にナチスの軍事政策の一環で制作された映画「新しき土」の主役に抜擢された。そして、戦前は日本の戦意高揚映画に多数出演し、戦後はGHQの指示で民主主義を啓蒙する作品を撮ることを強要された映画界で波乱の二十代を生きた。

harasetsuko3.jpg軽井沢で。
左はジョセフ・フォン・スタンバーグ監督、右は「新しき土」を撮ったアーノルド・ファンク監督。
この時原節子は16才!!

原節子が出演した映画を何本か観た感想としては、ほとんどの監督が「原節子」という女優を活かせていなかったように思う。
その雰囲気から、いつも似たような役をあてがわれているけど、彼女はもっといろいろな役を演じることができたはずだ。

原節子にとって、鎌倉に移り住んだ晩年の52年間はどのような時間だったんだろう?
その果てしない時間の事を思うと…何を考えながら生きていたのか不思議でならない。


原節子が生まれ、女学校を中退するまでの14年間と、戦後暫くの間暮らした実家は保土ケ谷駅の近くにあった。
偶然にも、その場所は私の事務所から歩いて10分とかからない。
当時と今では街の様子は全く違うけど、坂道の多いこの街は当時の道や路地はそのまま残っている。
明治後期の保土ケ谷駅付近

歩いてみた。

IMG_5575_20210301.jpgIMG_5576_20210301.jpg住んでいた月見台の辺り。

IMG_5674.jpg浄妙寺の花塚から見た晩年を過ごした家。
この後、家の表側にもまわってみたが写真は撮らなかった。そして…偶然にも向かいの家は私と同じ苗字だった。
ある日の浄妙寺

(あとがき:2021-5-6)
最初に紹介した「Somewhere in Time」のポートレートを手に入れた。

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