失われた海岸線

ここはどこでしょ?

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答えは横浜の六浦。
わかりやすく言うと金沢八景辺り…ってウソつくんじゃね〜ぞって声があっちこっちから聞こえてきそうだけど、これはまぎれもなく金沢八景。
ただし昔の。
きっと、杉田、金沢八景、横須賀、観音崎、久里浜までこんな風光明媚な海岸線が続いていたんだろうと思う。
あ〜昔のまま残しておいてくれれば素晴らしい場所だったのに…。
(上の地形模型は横浜市歴史博物館で見れる。)


比較的海の近くを走る京浜急行には、上大岡の隣りに屏風浦(びょうぶがうら)という駅がある。
駅名からもわかるように、昔ここには海があった。
以下、横浜市会議員の関勝則さんの「横浜市政レポート」より抜粋。
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地名の由来は、800年前に源頼朝がこの土地を海から見ての「屏風のようだ!」と言った事に発するらしい。
頼朝は、波静かな磯子の浜辺にそそり立つ断崖が、屏風を立てたように続く絶景を大変気に入り、家来に、「屏風のある浦(浦は陸地が入り込んで波の静かな所)に行きたい」と命じたことから「屏風ヶ浦」と呼ばれるようになりました。
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磯子区区政80周年記念誌には、屏風ヶ浦から見た景色がわかる墨絵があり、三浦三崎(たぶん観音崎)の先には房総の山並みが見える。
また、故西尾忠久さんのサイトには、この墨絵に色を付けたものが載っていて、海辺に咲く梅の花が美しい。
http://chuukyuu.info/otonanonurie/2006/02/0184.html


あるお菓子やさんのサイトを見ると、「本牧から富岡へかけては10ヶ所以上の海水浴場が存在し…」とある。
今では、金沢文庫に人口の海水浴場(海の公園)が1ヶ所あるだけだ。
昭和30年頃までは、まだ屏風ヶ浦海岸で海苔が生産されていたので、その辺りの海岸一帯が埋め立てられ工場が建ち並ぶようになったのは、僕が生まれた後の事になる。
http://www.kashiichi.com/hpgen/HPB/entries/5.html


人はなぜ海を埋立てたがるんだろ?
遠浅の海は、またたく間に埋め立てられ、美しい海岸線はあっと言う間に無くなってしまった。
人は自然が与えてくれた大切なものを壊し、「物」という見せかけの豊かさを取った。
何が本当の豊かさなのかを知るには、もう少し時間がかかるのかもしれない。


[参考]
日本財団図書館のサイトに興味深いページがあったのでリンクします。
千葉にも屏風ヶ浦という所があります。
ここは海食崖と言って、波により崖が削り取られていたので、海岸線10キロにわたってコンクリートの消波堤を作り浸食を防いでいます。
国土保全や研究の為に自然の景観を損ねている典型的な場所です。
→消波堤が設置される前の様子
 http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2000/01293/contents/052.htm
 消波堤が設置された後の様子
 http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2000/01293/contents/051.htm 

また、同じく千葉の九十九里浜が人の手によって壊されていった経緯もわかりやすく解説されています。
http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2000/01293/contents/004.htm

無知な人達が自然に手を加えると、またたく間に自然のバランスが壊れ、次から次にお金をつぎ込まないといけなくなる典型的な例ですね。