心残り

8月2日
下北半島の武士泊に上陸し、スマホの画面を確認すると珍しい人からの着信履歴があった。
電話をくれた人は、30年以上の付き合いになる私の友人(鈴木さん)の友達だった。
嫌な予感がした。
すぐに電話をしてみる。
「聞いてるかもしれないけど、昨日テツが亡くなりました。」
「…」
PCのメールを確認してみると、鈴木さんの奥さんから2日の昼過ぎに連絡が入っていた。
ショックで頭の中が整理できない。

後で息子さんに電話をして、亡くなった時の状況を聞いてみた。
7月31日の晩に、釣り道具の手入れをすると言って自分の部屋に入り、翌日未明に倒れているのを奥さんが発見したらしい。
急性大動脈解離だった。
急性大動脈解離とは、大動脈の血管に亀裂が入り血液が外に漏れ出す疾患で、2年前の夏にも発症している。
その時は周りに人がいたのですぐに最寄りの病院に運ばれ、10時間におよぶ大手術を行い一命をとりとめていた。
最近は、一緒にやっていたタイ映画のDVD化の件で頻繁に会っていて、ちょうど一週間前にこんな会話をしていた。
「時々病院に行ったりしてるんですか?」
「いや、もう行かなくてもいいんだよね。」

7月31日といえば、私が下北の遠征に出発する前日、日曜日だったけど出勤して月初の仕事をバタバタとやっていた。
やっと仕事が片付いた時に電話が鳴った。
「DVDマスターを千葉くんの会社で預かって欲しいんだけど、今日会えない?」
「会社に来ますか?」
「いや、そっちまでは行けないので横浜まで来れる?」
「はい大丈夫です。」

tetsu_denwa.jpg

これは、当日やりとりした電話の履歴。
横浜ジョイナスの地下で待ち合わせして、クリニークの紙袋に入ったタイ映画のDVDマスターを受け取った。
「これからジャケットの件でキンコーズに行くけど、一緒に行く?」
「いえ行かないです。僕はヨドバシに寄って帰りますね。」
これが最後の会話になった。

マカオGPの夜に初めて会ってから32年。
いろいろな事を一緒に楽しみ、助けあってきた。そして、唯一お互いに愚痴をこぼしあえる仲だった。
最近は悩み事が多く、7月31日に会った時も何か話したい事があったのかもしれない。
今にして思えば、この日電話で話したり会った時の鈴木さんは、いつもと違って元気がないように見えた。
それなのに、結果的に最後の頼みを断ってしまった…それが心残りでならない。

今日8月6日がお葬式。
63歳だった

tetsu_cafe.jpg30代前半は、よくディズニーランドに遊びに行っていた。
「千葉くん、今日の夕方カフェオーリンズで会いましょう!」
「はい了解!」
…てな感じで、年に50回くらい行ってた。

tetsu_race.jpgレーシングカーコンストラクターだった父親の会社の影響でレースにも出ていた。
これは一緒に参戦した筑波ナイター9時間耐久レースの一コマ。
元々スプリントレースのドライバーだった鈴木さんに「今日は耐久なんだから車を壊さないよう80%くらいの感じで走ってくださいね。」と言ったにも関わらず、脱水症状になるまで目一杯飛ばしまくって、ピットインした時の様子。
ドライバー交代をした後、ピットの中で倒れてしまった。

tetsu_video.jpgお互いタイ映画に興味があり、タイの映画会社から版権を買って日本語字幕付きでビデオ化した。
届いた35mmフィルムの品質が悪く苦労した。

IMG_9135.jpg亡くなる1ヶ月前にもらった「あさが来た」を録画したDVD。鈴木さんの字はいつも綺麗だった。

IMG_8824.jpg大好きだった黒鯛釣り。
何年か後、また会えたら釣り方を教えてください。