地獄と天国

7月1日(日)に予定された那須岳遠征前の一週間、山岳会の面々は1時間毎に "てんきとくらす"をチェックしていた。
山の天気はコロコロ変わっているが、登山指数は "C" のままである。
てんきとくらすの登山指数は、雨の可能性がある限り "A" にはならないので、私はあくまでも目安として見ている。
他に確認するのは天気図。これは海へ出る時も同じ。
もちろん、ツアーに申し込んでるわけではないので、あえて天気の悪い日に行く必要はない。しかし、山岳会女子2号は「私は登山指数が "A"じゃないと行きませんからねぇ〜」という徹底したポリシーがあるため、今回の計画は限りなく「中止」の可能性が高い。

そんなこんなで、宿のキャンセル手数料がかからないギリの水曜日になった。
この日も、いくらスマホの画面を眺めていても天気が好転しないので、仕方なくキャンセル。
あとは、直前まで予報をチェックし、奇跡的な好転を望むだけだ。

そして出発前日の6月30日の朝、その奇跡は起こった。
表示される3時間ごとの登山指数はズラ〜っと "A" が並んでいる。
「行けそうですね。宿の予約は適当なタイミングでしておきます。」
「明日、空いているところで良いのでは?」
"慎重ワッペン" を胸に貼り付けている女子2号の希望で、最終的に行くか行かないかを決めるのは、当日の午前4時ということになった。

しかし、その日の夜21時。
どうしても最初に予約していた民宿に行きたかった私は、宿に電話をした。
もし明日の朝に中止となったら、キャンセル料全額を受け持つ覚悟である。
「あの〜先日予約をキャンセルした者ですが、明日の部屋はまだ空いていますでしょうか?」
「ごめんなさい、明日は休館にしちゃったんですよぉ。」
「あっそうだったんですね、わかりました。残念ですがまた機会がありましたらよろしくお願いします。」
ふむ…仕方がない。
明日の朝、空いてる宿を探して予約するしかないか…と考えながら予約サイトを眺めていると、スマホが鳴った。
「松葉ですけど、もう他の宿予約しちゃいました?」
「いえ、まだしていません。」
「もしよろしければ、明日開けられますけど、おいでになりますか?」
なんと!! 我々だけの為に宿を開けてくれるらしい。
迷うことなく予約をした。

7月1日の朝4時、登山指数は "A" が並んでいる。
今回の参加者は、私と女性陣2名だけ。昨年の木曽駒ヶ岳遠征に続き、二度目の両手に飲兵衛状態である。
東北道を那須高原で下り、那須ロープウェイ山麓駅に向かって行く道中ではガスが立ち込めていたが、山麓駅周辺まで来るとガスもなく茶臼岳がド〜ンと見えている。
天気は想像していた以上に「快晴」であるが、気にしなければいけないのはこの1週間ほど那須地方に出ている雷注意報である。
ロープウェイ乗り場でも、雷が発生したら運行を止めるので遠くまで行かないでください…と繰り返しアナウンスしていた。

茶臼岳 雲海ロープウェイで山頂駅まで上がり、歩き始めると眼下には素晴らしい雲海が広がっていた。
今日のルートは、茶臼岳、朝日岳二つの山頂を踏み、24時間噴気を上げる無間地獄(むけんじごく)を巡るコースで、地球の鼓動を肌で感じることができるはずだ。
茶臼岳、朝日岳を含む那須火山群は気象庁の常時観測火山には入っているが、噴火警戒レベルは設定されていない。
ちなみに、近々行く予定の日光白根山の噴火警戒レベルは "1"。
気象庁の説明によると警戒レベル"1"は、全く問題なく山に入れる…と書いてある。
気象庁噴火警戒レベルの説明

しかし、2014年に噴火した御嶽山の噴火当日の警戒レベルは "1"。
東日本大震災の時の津波情報でもそうだが、気象庁の発表する情報はイマイチあてにならず、その情報のせいで命を落とす人もいる。
この日の私は、もし今噴火が始まったらどこに逃げればいいかを考えながら登山していた。
○と×の間
気象庁の噴火警報
てんきとくらすの火山情報

P7010023.jpg茶臼岳の火口を周り、荒々しい噴火の爪痕が残るエリアを抜けると、鉢の茶屋跡に向かう稜線が見えた。
ここは、風が吹くと厄介な場所になる。

P7010027.jpgP7010035.jpg右手を見ると、鉢の茶屋跡から山麓駅方面に向かう道が延々と続いている。
西から湧いてきたガスが茶臼岳を隠してしまったが、これから向かう朝日岳は山頂に立つ登山者の姿も見える。
ちなみに、下の写真に写っているのが飲兵衛二人である。

P7010039.jpgP7010040.jpg道は途中からこの様な岩場となる。
鎖場も何箇所があるが、雨が降っていたり強風が吹いていない限り危険ではない。

P7010048.jpg三本槍岳への分岐点にザックを置いて、朝日岳へ登頂。
この道も、遠くから見える険しさとは違って危険な場所はない。
残念ながら茶臼岳はガスで隠れてしまったけど、これだけ青空が出ていてくれるだけで大満足である。
雷も心配なさそうだ。

無間地獄無間地獄来た道を戻り、鉢の茶屋跡から牛ヶ首方向に向かう。
この先には無間地獄と言われる火山活動の噴気を上げている場所があり、近づくほどに硫黄の匂いがしてきた。
ちなみに無間地獄とは、むけん→むげん→無限と解釈していい。
要は足を踏み入れたが最後、抜け出すことができない地獄という意味だ。

無間地獄に到着。
噴気が見れるだけかと思ったら、ゴーゴーと音がしていて迫力がある。
ただ、その日泊まった宿の主人に聞いたところ、噴気は年々少なくなっているそうだ。
ここで、何事も興味津々な女子2号は、どれくらい熱いのか噴気に触って見たいと言う。
噴気を出していない辺りの岩を触っても熱いので、噴気など触ったら火傷をすると思うのだが、どうしても触ってみたいらしい。
じゃ触ってみれば?…と言うことで、一番近くで小さな噴気を出していた孔に手をかざしてみた…めちゃ熱いらしい。
しかし、興味津々はすっきりしたものの、ザックとサコシュそれに、自分の体が硫黄臭くなっている事には、翌日気づくことになる。

茶臼岳牛ヶ首を過ぎ、ダイナミックな山行もそろそろ終わり。
空に広がった真っ白な雲と、荒々しい山肌、そして岩の間で必死に根を張り花を咲かせようとする草のコントラストが美しい。

IMG_5911_20180701.jpg今宵の宿は、ロープウェイ乗り場から車で12分の場所にある那須温泉民宿街にある「松葉」。
登山者が帰り際に入る「鹿の湯」とは違い、地元の人達と宿泊客しか入れない「滝の湯」のお湯につかり、川の上にかかった橋の上で飲むビールは最高。
ここは天国である。