会津へ 飲兵衛旅1日目〜会津若松〜

毎年5月12日は檜枝岐村で村歌舞伎が行われる。
有名な「檜枝岐歌舞伎」だ。

村の鎮守様の境内にある "舞殿" で開催されるのは年に3回。
5月12日と8月18日は、神様に奉納するものなので曜日に関係なく毎年同じ日、そして歌舞伎ファンの為に、9月の第一土曜日に「歌舞伎の夕べ」が開催される。

もうかれこれ6〜7回くらい行っているけど、最近は尾瀬や会津駒ヶ岳の登山も兼ねて、9月に行くことが多かった。
今年は久しぶりに春の歌舞伎を味わいたくなった。

そしてせっかくの会津。
NHK大河ドラマにあやかり、八重の桜で盛り上がる会津若松まで足を伸ばしてみることにした。
移動手段はもちろん電車!
長い長い道中で飲兵衛オヤジと化すことに決めた。


5月11日、1泊目の宿は七日町(なぬかまち)に取った。
浅草からは約4時間の列車旅になる。

浅草8:00発の「きぬ103号」はつまらない車輌だった。
車内はセンスが悪いし、指定席なので席を向かい合わせにすることもできず、旅気分が盛り上がらない。
ふ〜む…こんなことなら1時間余計にかかっても普通列車にすればよかった。

IMG_7920.jpg 鬼怒川で会津鉄道に乗り入れている「東武AIZUマウントエクスプレス」に乗り換え。
この車輌も旅心がない車内でつまらない。

ところが、この列車では「かたりべ列車」というイベントがあり、1号車では地元のかたりべであるオバサン2人がもんぺ姿で乗り込み、いろいろな話しを聞かせてくれた。
列車の音と、車内のアナウンスであまり良く聞き取れなかったけど、会津訛りのかたりべさんのおかげで美味しいお酒を飲むことができた。

IMG_7927.jpg 予定通り酔っぱらいと化したオヤジが七日町に到着。
何の予備知識も無くやって来てしまったので、このレトロなバスが何かもわかっていない。

宿に荷物を置かせてもらい、さっそく散策に出かけた。

P5110103.jpg ここは、西郷頼母(さいごうたのも)邸跡。
鶴ヶ城(会津若松城)のすぐ近くにある。

この人は幕末の複雑な情勢を感じ取れていた人で、容保が彼の進言を受け入れていれば、会津は理不尽な戦争に巻き込まれずに済んだかもしれない。
しかし会津は "義" の国。
当時の感覚では、頼母の様にある意味ドライに割り切ることはできなかっただろうことも想像できる。

P5110106.jpg 鶴ヶ城。
入口のチケット切りの人に聞いたら、連休中はものすごい人出だったらしい。

内部の展示は8年前に行った時とは変わっていた。
そして、会津戦争の戦死者名簿の中に山本八重こと新島八重の父である山本権八(やまもとごんぱち)の名前を見つけた。

この日は雨模様で天守閣からの眺望はダメ。

P5110111.jpg P5110110.jpg 鶴ヶ城前から、市内を周遊しているバス「はいからさん」に乗り、会津武家屋敷に向かった。
ちなみに、周遊バスは1回乗車で200円。500円の1日乗車券を買うと乗り放題なので、ガッチリ観光する人はそっちがお得。

会津武家屋敷は、お勧めの観光場所。
この日は雨模様で、かつ閉館間際の夕方だったということもあり、雰囲気を味わいながらゆっくりと過ごすことができた。

家老屋敷は西郷頼母の屋敷見取り図を元に、膨大な時間とお金をつぎ込んで正確に再現されている。
まるで、本当にここで暮らしていたんじゃないか…と思えるくらい素晴らしい。

P5110122.jpg P5110118.jpg 資料館の脇にある桜は、まだ咲いていた。
八重桜と書いてあるけど、色は薄いピンクで周りの建物の雰囲気もあり、なんだか品がある。


さて、市内観光も終わり。
いったん宿に戻ってお風呂に入り、今宵の飲み屋を探しに再び町に出た。

あっちこっち歩き回って見つけた店は「盃爛処(はいらんしょ)」という居酒屋。
ちなみに、"はいらんしょ" というのは、会津弁で "あがってください" と言う意味で、似たような言葉では、東北地方の方言 "あがっせ" というものもある。
どっちの言い方も東北人の暖かさが伝わるもので、なんだかいい。

例によって、料理は店任せ、そして店の主人が勧める酒を飲んだ。
隣りの客は関東から来た同年代のオヤジ5人組。
散々飲んだ後で、ボーリングをすると言っている。元気だあ〜。

店がいいと酒も美味い!

(2日目につづく)