カナリアたちの日

話しは浜比嘉島から帰った日の夜にさかのぼる…

私は、ホテルの部屋でシャワーを浴び、レンタカーを返した足でいつもの沖縄料理屋へ向かった。
古びた木の扉を開けて中に入ると、私の席(カウンターの右から2番目)は、既に他の客のものになっていた。
恋人を奪われたような気分だが、いつまでもオメオメとはしていられない。
すぐに新しい恋人(右から4番目の席)を見つけ、私のものにした。

テレビでは、大相撲の特集番組をやっていて、フランネルのシャツを着た2番目の男も観ている。
カウンターには私とその男の二人。残りの客は座敷に座っているがテレビを観ている者はいない。

テレビは2番目の席の前辺りにあるので、おのずと私はその初老の男を観察できる立場にあった。
横顔しか見えないが、何度かこの店で見かけたことがある顔だ。

私は普段あまりテレビは観ない。
まして大相撲のやっている時間は家にいないことが多く、誰が横綱なのかも知らない。

番組は予想に反して楽しいものだった。
私が笑うとその男も笑い、私が "お〜" と感嘆の声をもらすと、その男も "う〜む" とうなずいている。

私は思わずその男に声をかけてしまった。

私「面白いですね」
男「相撲はあまり観ないんだけど面白いね」
私「僕も相撲は久しぶりに観ました」
男「この後近くの店に飲みに行くんだけど、よかったら一緒にいかが?」

思わぬ誘いに少し迷ったが、1秒後には「はい是非」…と返事をしていた。
二人は同時に店の会計をし、同時に1600円を支払った。


連れていかれたのは東町にあるホテルの向いにある古いビルの2階で、男と一緒に階段を登ると、スナックの扉が並んでいた。
男は通い慣れた様子で、正面にあるグレーの扉を開けた。

kitanokanariatachi.jpg© 東映

翌日。
天気予報は大きく外れ、真夏の様な日差しが照りつけている。

私は13時から始まる「北のカナリアたち」を観るため、モノレールでおもろ町に向かっていた。
午前中にやっていた仕事が長引いてしまい、降車駅まで2駅あるのに、上映開始時間まで10分を切っている。

この映画は北海道の礼文島を舞台にした物語。
今年運良く礼文島をカヤックで巡れた私としては、公開前から観たい映画だった。
風と鳥の島 礼文島

映画は良かった。
特に鈴木信人役を演じた森山未來はすばらしい。
期せずして、一番北の島の物語を、一番南の島で観ることになった。

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その日の夜。
私は、また2番目の男と一緒にいた。そして東町のスナックのママも一緒だ。
男は、今日もフランネルのシャツを着ている。

男には友人がいた。
そして、その友人の娘さんからその男の携帯に電話がかかってきた。
娘さんは沖縄に来ているらしく、男は「後で一緒に食事でもしよう」と話している。


私達は那覇の国際通りから横道にそれ、少し怪しげな店が並ぶ路地に入った。
連れていかれた1軒目は、山羊料理の店だった。

ところが、私達が着く少し前に団体客が入ったようで、沢山の注文をこなすために、その店の狭い厨房は戦争のような状態になっていた。
注文をしたビールですら、なかなか出てこない。
やっと出てきた美味しい山羊の刺身とトーフチャンプルを食べた後、男は1万円をカウンターの上に置きこう言った。

「釣りは後で取りに来るよ」

私達は外に出た。
私の前を男と東町のママが歩いている。

2軒目の店は、80才を越えたママが経営するカラオケスナックだった。
4曲続けて軍歌が唄われている。
男も東町のママも、その店のママとは知合いで、美味しい家庭料理の前で楽しそうに会話をしている。


2軒目の店を出た後、東町のママはタクシーで自分の店に向い、私はその男と二人になった。
そして、電話で話していた娘さん夫婦がいる3軒目の店に向い、人通りの絶えない国際通りを県庁の方角へ向かって歩いていった。

3軒目の店は、とても変わった店だった。
醤油がシャンプーボトルに入っている。
娘さんは結婚したばかりの旦那さんと、旦那さんが勤める会社の上司と一緒に来ていた。
今日は慶良間でダイビングをしてきたらしい。

日も変わった深夜0時半。
私達は2台のタクシーに分乗し、東町のママの店に向かった。

5人は奥のテーブル席に座った。
現実と夢の狭間の中で見た時計の針は、とうに2時を回っている。
そして、店内では南のカナリアたちの歌声が響いていた。

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