カヌー事故に思う(続き)

2月16日 土曜日に起こったカヌー事故について先日思ったことを書いてみた。
カヌー事故に思う

その後、わかったことがあるので続きを書いてみたいと思う。

彼らは、アドベンチャーレースに参戦するアスリートだった。
目標にしていたレースに向けて日々トレーニングをしていたので、遊びでカヤックに乗っている自分とは、そもそもスタンスが違う。
自分をより高いレベルに引き上げる為に、トレーニングメニューを考え実践していた。
2月16日の海が、トレーニングの場として相応しかったかどうかというのは、レクリエーションカヤッカーである我々がとやかく言うべきではないように思う。


若かりし頃、私はモーターレーシングの世界にいたことがある。
その時は、身近な人やレース仲間が事故にあっていた。
知合いがF3のテスト中に鈴鹿で事故死したり、レース仲間がF3000のテストで命を落としたりしていた。
今でも時々死亡事故は起きているけど、昔はサーキットの安全性があまり高くなかったので運が悪いとそういうことも起きていた。
私が参戦していたのは、ジュニア・フォーミュラだったり、アマチュアが多く参加するツーリングカーレースだったので、スピードの早いマシンにくらべ悲惨な事故は少なかったけど、それでもマシンに乗る時は "死" や "怪我" の可能性があることを覚悟していた。
私も事故は経験があり、レーシングスピードでクラッシュパッドに突っ込んだり、150キロオーバーで後ろ向きに走ったこともある。

では、事故を起こした仲間や自分は無謀だったのか?
決して無謀な事はしていない。
何か予期しない事や、自分の限界を試そうとして運悪く事故が起きてしまっている。


千葉の彼らは "事故を起こした" のではなく、"事故にあった" んだと思う。
女性の生前の様子を、雑誌やブログであらためて見たり読んだりしてみた。
いつでも楽しそうな笑顔で写真に写っている彼女だが、唯一レースで負けた後の写真は本当に悔しそうな顔をしていた。

レースカーでの事故と違い、カヤックでの事故は判断できる時間が少しだけ多くあると思う。
また冬の海でなければ、きっと無事に生還して私達に教訓を語ってくれたはずだ。
そう思うと残念でならない。

あらためてご冥福をお祈りします。