解釈変更

2012年12月17日、衆議院選挙で自民党が圧勝した時、僕はこう思った。

「次の選挙までの4年間は、日本が "止まり" または "後退し"、その間に世界の動きから大きく隔離することになるような気がする。失われる4年はあまりにも大きい。」

そして2014年7月1日、やはり日本は後退してしまった。


7月2日の朝日新聞DIGITALの記事
政府、集団的自衛権行使へ閣議決定 憲法解釈を変更

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安倍内閣は1日夕の臨時閣議で、他国への攻撃に自衛隊が反撃する集団的自衛権の行使を認めるために、憲法解釈を変える閣議決定をした。歴代内閣は長年、憲法9条の解釈で集団的自衛権の行使を禁じてきた。安倍晋三首相は、その積み重ねを崩し、憲法の柱である平和主義を根本から覆す解釈改憲を行った。1日は自衛隊発足から60年。第2次世界大戦での多くの犠牲と反省の上に立ち、平和国家の歩みを続け、「専守防衛」に徹してきた日本が、直接攻撃されていなくても他国の戦争に加わることができる国に大きく転換した日となった。
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防衛省のWebページが変更される前に、「自衛権」についての内容を抜粋してみる。
憲法と自衛権

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■自衛権発動の要件
(1) わが国に対する急迫不正の侵害があること
(2) この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと
(3) 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

■自衛権を行使できる地理的範囲
わが国が自衛権の行使としてわが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使できる地理的範囲は、必ずしもわが国の領土、領海、領空に限られませんが、それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので、一概には言えません。
しかしながら、武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣するいわゆる海外派兵は、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって、憲法上許されないと考えています。

■集団的自衛権
国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているとされています。わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然です。しかしながら、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであり、他国に加えられた武力攻撃を実力をもって阻止することを内容とする集団的自衛権の行使は、これを超えるものであって、憲法上許されないと考えています。
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今回の閣議決定では、「自衛権発動3要件」に替わり「武力行使3要件」が決められた。

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(1) 日本への武力攻撃や密接な関係にある他国への武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある
(2) 日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない
(3) 必要最小限度の実力行使にとどまる
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簡単に言うと「(1)」の部分が違う。
「明白な危険がある」や「適当な手段がない」は、時の内閣の判断しだいなので、歯止めが無いのと同じだろう。


以前書いた記事でも載せているが、あらためて日本国憲法第9条を載せる。
憲法ってなんだ?

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1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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憲法解釈変更の余地が無いにも関わらず、公然と「解釈を変更して…」と言いきる神経にも呆れるが、それを認める政治家ばかりなのにも驚いてしまう。


政治家は日本をどうしたいんだろう?
アメリカの顔色をうかがい、アメリカのお尻を追いかけるのが正しいと本当に思っているのだろうか?
一番仲良くすべきなのは、ご近所の国々だと思う。
それなのに、話し合う前からお互いが鉄砲を向けていたら、まともな話し合いなんてできるわけがない。
世界に対して必要なのは、「日本はどういう時に武力を使うのか」ではなく、「日本はどのような国になりたいか」というメッセージだと思う。

日本は、間違った道に踏み出してしまった。