坂を上がると…

母は、いつも人の心配をしていたが、人に心配をかけたり、迷惑をかけたりするのが嫌いな人だった。
深刻な病気だと医者から母に話があったのは、5月13日の金曜日。
家族に知らせると心配をかける…と考えたらしく、何日か自分一人で悩んでいた。
たった一人で…。
自分は17日に医者から説明を受けた。
そして、母から最初に言われたことは、「誰にも言わないで」だった。
でも、入院生活が長引くにつれ、さすがに自分でもそれじゃまずいと思ったのか、とりあえず兄弟達と、お茶のみ友達には、具合が悪いことを連絡しておこうと気が変わった。
気が弱い日には、自分の葬儀についても話していた。
「何もしなくていいから」…
さすがにそれはできない。
弟と二人で話し合い、「誰に何と言われてもかまわないから、お袋の気持ちを最優先して、お袋に喜んでもらえる式にしよう。」と決めた。

出棺の当日、おくりびとに来てもらい、仮縫いでまだ袖を通してなかった新しい着物を着せてもらった。
爽やかな淡い緑色の絞り。
帯は自分が選んだ。
お坊さんを呼ばず、弔辞もいただかないという異例の葬儀…。
葬儀社の人には、式の進行の件でだいぶ心配をかけたが、最後は一緒になってアイデアを出し合い、手作りの葬儀をした。
この一週間、母の死を認めたくない気持ちだけで過ごしてきたが、これからはそうもいかない。
この大きな喪失感は、とうぶんの間続くような気がする。


