5月12日の試練 前半〜燧ヶ岳〜

連休明けの週末、数日前までは久しぶりにキャンプツーリングができそうな海況予報だったので、家にも会社にも「金曜日は休みます」と早々に宣言して二泊三日の遠征を考えていた。
ところが、日を追うごとに海況は悪化し、車や電車で行ける "漕げる海" はなくなってしまった。
梅雨の沖縄は、飛行機も取れるし海況も良さそうだけど、カヤックの発送が間に合わない。そして、矢木沢ダムを管理する水資源機構に電話して管理用道路の状況を確認したら、なんとこの週末は一般の利用者は通行ができないないらしく雪の奥利根湖にも行けない。
ふむ…どうしましょ?

IMG_5463.jpg5月12日 土曜日、自宅を朝3時に出発して、東北自動車を走っている。
4時50分、東の空が明るくなり陽が登ってきた。
散々考えたすえ、今週末は南会津に行くことにした。
消去法で決まった行き先ではあるけど、今日は起きてから寝るまで20時間みっちり行動する長い1日になる。
まず、尾瀬の福島側の入り口である檜枝岐に行き、尾瀬御池駐車場から雪の燧ヶ岳に登る。
下山後、檜枝岐の民宿にチェックインし、美味い夕飯を食べた後は舞殿で行われる愛宕神祭礼奉納歌舞伎を観る。
歌舞伎が終わるのは20時半、それから歩いて民宿に戻り、温泉にちゃぷんと入ってからウィスキーを楽しんで寝るのがたぶん22時半ころだろう。

屏風岩予定よりも早く御池駐車場に着きそうだったので、国道289号線で檜枝岐に行く途中にある屏風岩に寄ってみた。
ちなみに、国道289号線はおにぎりハンター(国道マニアのこと)の間では有名だったみたいで、こんな山道に国道の標識があったりしていた。(残念ながら今はなくなってしまったようです)
国道289号線の標識

IMG_5471.jpg尾瀬御池駐車場に到着。意外にも停まっている車は少ない。
ささっと準備して8時に出発。

IMG_5472.jpgIMG_5473_20180512.jpg駐車場の奥にある登山道に入ると、すぐに分岐がある。
まっすぐに行くと裏燧林道。ほぼ平らな山道で三条ノ滝や見晴まで行くことができる。水芭蕉の咲く時期は、こっちの道の方が静かでいいかもしれない。
燧ヶ岳は左へ。

少しぬかるんで荒れた場所を通過した後は、ご覧のような雪道になる。
軽アイゼンを装着し、踏み跡を辿って登っていく。
赤テープの数は少なく、所々で「えっこっち?」…ってところがあった。

広沢田代ほぼ1時間の登りで広沢田代に到着。
思ったよりも雪が少ない。そして誰もいない。

IMG_5477.jpg振り返ると会津駒ヶ岳。そしてここから急登が始まる。

IMG_5480.jpg傾斜は急だけど、アイゼンが効いているので全く危険は感じない。

IMG_5482.jpg登りきった先に、熊沢田代と燧ヶ岳が見えた。本当に雪が少ない。
ここまでは、ほぼコースタイムどおり。

IMG_5483.jpg朝飯を食べてからすでに5時間が経ってるので、さすがに小腹が空いてきた。
熊沢田代のベンチに腰掛けて赤飯オニギリを食べていると、一人の男性がスキーを担いで歩いて来た。
「どこから下りて来たんですか?」
「山頂からですよ。」
「早いですねぇ」
「昨日は広沢田代の辺りでテント泊したので今朝は楽でした。今日は滑り納めです。」
「夜は歌舞伎をご覧になるんですか?」
「はい、実は初めて観るんですよ。キャンプ場から観に行きます。」
たぶん私より年配だと思うけど、すごく元気だ。

燧ヶ岳の山頂辺りを見ると、そこそこ斜度のある斜面をトラバースしている様子が見える。
ピッケルが無いので、少し心配になってきた。

歩き始めると、ソロ男性が下って来た。ザックにはピッケルが刺さっている。
「ピッケルが無くても大丈夫ですか?」
「俎グラ(まないたぐら)までなら大丈夫ですよ。柴安グラ(しばやすぐら)は、無いとダメですけど。」
「山頂からここまではどれくらいかかりました?」
「ものの30分くらいです。雪があると楽ですね。」
よかった。
民宿には、15時頃到着すると話してある。
下山時のコースタイムは2時間半だけど、1時間半くらいで駐車場まで下りれるかもしれない。
逆算すると、13時に下山を開始すれば大丈夫ってことになる…この時はそんな時間計算をしていた。
計算ができたので、ザックを降ろして昼飯にする。

IMG_5489.jpgだいぶ高度が上がってきた。
そして、さっきまでの雲天に代わり青空が広がってきた。

燧ヶ岳会津駒ヶ岳例のトラバースポイントを通過中。
息は切れるけど、危険は感じない。
熊沢田代の先に見える会津駒ヶ岳の標高は2,133メートルなので、この場所の方が少しだけ高い。

燧ヶ岳12時半、俎グラに到着。
バテながら登って来たわりには、コースタイムでたどり着けた。
柴安グラの先に広がるのは尾瀬ヶ原。その先の山は至仏山。
ちなみに、夏はこんな感じ。
今年も燧ヶ岳

山頂には、登って来る途中で声を掛け合ったスキーヤーの男性がいた。
「ここでスキーをやって十数年になるんですが、こんなに雪が少ないのは初めてです。」
「そうなんですかぁ、雪があるとどれくらいで下まで降りれちゃうんですか?」
「一回休憩して20分くらいです。」
もっと人が多いかと思っていたのに、他には誰もいない。
「雪が少ないからスキーの人が少ないですね。多い年は7割くらいがスキーの人って感じです。」

燧ヶ岳柴安グラの右手には越後の山々。

会津駒ヶ岳会津駒ヶ岳とスキーヤー。

尾瀬沼尾瀬沼。奥に見える尖った山は日光白根山。

燧ヶ岳下山開始。
ルートを確認するスキーヤー。この後、彼はあっという間に見えなくなった。

燧ヶ岳 熊沢田代山頂からここまで30分で予定どおり。
青空&ポカポカで最高に気持ちがいい。

熊沢田代熊沢田代でコーヒータイム。
頭の中はすでに、民宿で入る温泉と風呂上がりのビールで一杯になっている。
そして "ここまで来ればもう安全だ" と勘違いしている私に、この後神様は二つの試練を用意していた。

雪の無くなった木道を過ぎ、広沢田代までの斜面を軽快に下りていた時、緩んだ雪面で足を滑らせた。
それほど急斜面でもなかったので、尻餅をついて滑り始めた時は冷静だった。
ところが、滑りをストップさせる術が無い事に気づき、変な角度で木へ激突するのだけは避けないとと考えながら20メートルほど滑落した。
結局少しスピードが落ちた所にあった木に足で着地してストップ。
寝っ転がったままサコシュの中に入れていたスマホを出そうとしたら、スマホが無い!!
どうも、滑っている途中でサコシュから飛び出したようだ。
再度滑落しないよう慎重に立ち上がり、スマホを捜索。
止まった場所から10メートルほど登った所で、半分雪に埋まっているスマホを発見して一安心。もし白いケースのスマホだったら捜索に時間がかかっただろう。
その後は頭からビールを追い出し、一歩づつ慎重に下った。

広沢田代そして、広沢田代を過ぎた最後の下り。
踏み跡と赤テープを確認しつつ、宿への到着時間を気にしながら歩いていた。
すると、何となく知らない場所を歩いているような気がしてきた。踏み跡も少なくなり、いつの間にか赤テープも見当たらない。
そこから帰り道を探す事20分。
ようやく小さな赤テープを発見し、正規のルートに戻る事ができた。
なんと迷った場所は、登る時に「えっこっち?」と思った所だった。

翌日、自宅に帰ってからネットを検索すると、多くの人が道に迷っている事がわかった。
踏み跡がそれなりにあったのは、間違えた人達のものだったのかもしれない。
場所によっては、道に迷った人が付けた赤テープもあるらしいので、それだけを頼りにルートを決めるのは危険。
地図とコンパスを持っていたので下山できないとは思わなかったけど、民宿の夕飯に間に合わないかもしれないと思い少し焦った。

そしてオマケ。
駐車場を出ようとした際、精算機が私の1000円札を受け付けてくれない。
滑落した時サコシュに入った雪でお札が濡れてしまっていた。
ふ〜…あらためて "最後まで気を抜いてはいけない" という教訓を身にしみて感じた一日だった。

(2018-5-13:あとがき)
檜枝岐の民宿に泊まる人は、尾瀬御池駐車場の領収書を民宿で渡せば駐車場代を返してくれる。
いつもなら領収書の類は必ず貰うのに、今回だけは貰わなかった。
"最後まで気を抜いてはいけない" …のである。

(後半につづく)