WBCとテレビ 〜堕落したメディア〜

世の中はWBCで大騒ぎだったらしい。
あっ「WBC」と言っても世界ボクシング評議会のことではなく、野球のワールド・ベースボール・クラシックのこと。
Googleで「WBC」と入力して検索すると、2006年に設立された野球の方がド〜ンと出る。
1963年に設立された歴史のある本家「WBC」である世界ボクシング評議会は怒った方がいいのではないだろうか。

私は "野球のWBC" には全く興味がない。
サッカーのワールドカップにも興味がない。
というか、最近ではオリンピックにも興味がなくなったので、国別で戦う大会自体に興味がなくなっているんだと思う。

WBCの決勝が行われた水曜日の午前中、山岳会のLINEに2人の人物の写真と一緒に「優勝」というメッセージが着信した。
人物の内の1人は大谷選手だったので、WBCのことだとわかった。
ちなみに、もう1人の人物が誰かはわからないけど、たぶん誰もが知っている人なんだろう。
私はテレビを見ないし、新聞のスポーツ欄も読まないけど、朝食時にカミさんが見ているテレビでWBCがやっているのは知っていた。
その日の夜、久しぶりに野毛へ飲みに行った。
1軒目の店に入るとテレビが WBCの事を放送していた。試合よりも大はしゃぎしているキャスターが気になる。
「1度も試合見ませんでした。」
「えっそうなの?面白かったのに。野球は嫌い?」
「そんな事ないですよ。学生の頃は球場でバイトしていたくらいだから。」
風を感じないプロ野球
ベースボール万歳

2軒目の店に移った。
「試合面白かったわねぇ。」
「1度も試合見ませんでした。」
「えっそうなの?面白かったのに。野球は嫌い?」
「そんな事ないですよ。学生の頃は球場でバイトしていたくらいだから。」
…というデジャブ的な会話になった。
「みんなが騒いでいるのが嫌い?」
ママが私のど真ん中をついた。

そのとおりである。
昔から天邪鬼の私は、みんながこっちというと、じゃあ自分はこっち…というように、みんなと同じ事をするのが嫌いだった。
全員が一丸となってする応援は吐き気がするほど嫌いだし、マラソンの応援に駆けつけた人達が、新聞社から配られた日の丸の旗を振っているのも気持ち悪い。
昨年のオリンピック、今回のWBCなど、"ニッポン ニッポン" と騒ぎ立てるメディアのバカ騒ぎが嫌いなだけである。

WBCが行われていた時、国会では放送法の解釈を変更した政府(安倍晋三と高市大臣)がメディアに介入したかどうかで大騒ぎになっていた。
高市氏に説明した「可能性高い」 総務省、放送法文書巡り「確実な仕事を心掛けている」(外部サイト)
高市氏、「質問するな」発言撤回 放送法文書巡り、謝罪要求は拒否(外部サイト)

ところがテレビでは "朝のニュース" の貴重な時間を延々とWBC話題で引き伸ばし、この大問題に国民の関心を向けないようにしていた。
もし、政府がメディアへ不当に介入したのであれば、真っ先に怒らなければいけないのは当のメディアである。
ところが、その当時からこれまで、メディアは逆に政府をかばおうとしている。
常識的に考え、政府から「アメ」をもらっていなければ、こうはならない。
ジョージ・オーウェル -George Orwell- の有名な言葉を、アメをしゃぶっているテレビ業界そして、全てのメディアに伝えたい。
「ジャーナリズムとは報じられたくない事を報じることだ。それ以外のものは広報に過ぎない」

最後に、伊丹万作の言葉を国民へ。
「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」
だまされる「国民」