東北の夏 3日目〜被災地の今〜

いい飲み屋が見つかると、その町への愛着が出てまた来てみたいと思うようになる。
雄物川は、けっして悪い川ではないので、春か秋にリベンジしたくなってきた。
キャンプツーリングは絶対にいいはず!

ホテルの部屋に戻り天気予報をチェックしてみるが、予報は好転していない。
秋田地方では、明日の午後から雨になり風も強い。
男鹿半島へカヤックを出すという微かな希望も叶えるのは難しそうだ。

ふと思って太平洋側をチェックすると、雨も降らず風もそれほど吹かないようだ。
よし、ここは頑張って三陸まで移動して、場合によっては浮かんでみよう。
そうと決まれば、テンションもアップ。


東北3日目の朝。
キャンプ用に用意しておいた食材で朝飯を食い、6時にホテルをチェックアウトした。

IMG_7632.jpg ナビタイムの目的地に女川の御前浜をセットすると、距離は256キロ!ほんとに行くのか?と表示された(ような気がした)。
出発!
"晴れてる方角" へ車を走らせるのは気分がいい。

P8180086.jpg 雄勝町に入ると、瓦礫の山が現れた。
これが震災瓦礫というやつだろうか?
そして、テレビでしか見た事のなかった景色が目の前に現れ始めた。

P8180088.jpg 雄勝湾の堤防は、震災から2年以上過ぎた今も、こんな有り様。
ちなみに、震災4日後の様子を上空から撮影した動画があったのでリンクする。
大津波の被害を受けた北上川河口域と雄勝湾

湾内はホタテやカキの養殖いかだが復活して平穏な風景に見えるが、沿岸の設備については手つかずの様に見える。
雄勝湾では、3.11の2日前にあった地震で養殖いかだが被害を受けていた。(この調査は3月10日)
雄勝湾いかだ85台破損

しかし、10日にも地震があり、そして11日がやってきた。
予兆と余震

P8180096.jpg P8180093.jpg P8180094.jpg 御前浜に到着。
住宅地に続く道路のひしゃげたガードレールの先には、たった一つの住居も無く、雑草が生い茂る野原になっていた。

下記のページでは震災前後の様子が見れる。
ここにあった "暮らし" の匂いは跡形も無く消え、小高い山にある神社の鳥居が空しく残っていた。
女川町沿岸地区の震災による地震、津波被害の衛星、航空写真

壊れた手摺がそのままになった堤防脇の道路には、カヤックをやりに来た数台の車があった。
ここから出艇する人は、壊れたコンクリートの脇にカヤックを浮かべて女川湾に出て行く。

P8180095.jpg 湾はどこまでも穏やかで、先の方には出島の北端が顔を出している。
一瞬、カヤックを組立て行ってみたいと思ったが、背後に広がる寂しい野原が、その好奇心に蓋をした。
海はいつでも来れる。
今日は、震災の爪痕を見る時間に使いたい。

P8180102.jpg 女川の町に向かう山道では、道路が崩れた所がいくつもあり、交互通行用の信号機が設置されていた。

P8180104.jpg 女川の町に着いた。
最初に目に飛び込んできたのは、海ではなく、横倒しになったビルだった。
これは女川サプリメントのビルで、震災の記憶を失わせない為、保存されるかもしれない。

P8180106.jpg P8180105.jpg 倒壊横倒しになった江島共済会館と、七十七銀行女川支店の遺族による献花台。
この二つはすぐ近くにあるので、この建物が七十七銀行女川支店だと勘違いしたが、実際はこの献花台の場所に建っていた2階建ての建物が銀行で、現在は取り壊されている。

女川を襲った津波は地上3階建ての建物を飲み込む高さがあった。
その結果、屋上に非難した行員12名が死亡または行方不明になったが、すぐ裏にある高台に非難していれば助かっていた。
誰かがもっと高い所へ非難しよう!と言っていれば、この悲劇は起こらなかったかと思うと残念でならない。


その後、石巻に向かう道では、道路を挟んで海側が更地、山側だけ家が並んでいる場所がずっと続いた。

昼飯を食べた石巻の中華料理屋の女将さんが話しをしてくれた。

「石巻にあった私の実家も津波で流されてしまったんだけど、その場所は危険区域に指定されているので、家が立てられない。市から出る買取り額では他に土地を買って家を建てるなんてできず、困っているんです。それと道路を挟んで海側が危険区域、山側はOKになっているけど、道路を嵩上げして高くするらしいんです。そうなると山側の家の人達は海も見えず、山と道路に挟まれた所に暮らすことになり、火事でも起こったらどうなるんだろうと不安になっています。」

酷い話しだと思う。
そこで生活していた人達は津波の被害にあっただけでなく、土地を追い出され、山の中に立てられた仮説住宅で暮らし、慣れ親しんだ土地へ戻ることも許されていない。
そんな状態なので、かつて人々の生活があった海辺の町は、どこもかしこも荒れ果てたままで、復興はまったく進んでいない。
2年


石巻の後は、塩釜に行ってみた。
ここは4年前の同じ時期に訪れたことがあり、土地の人達にとても親切にしてもらった思い出がある。
町は、一見震災前と変わらない様に見えたけど、美味しい岩ガキを食べさせてくれた駅前の魚屋は無くなり、休憩時間にも関わらず美味しい魚を出してくれた寿司屋も無くなっていた。


自分が暑い東北を放浪していた同じ日、葉山で知り合ったカヤック仲間は、三陸を2泊3日でキャンプツーリングしていた。
インターネットにアップされた写真を観ると、どの場所も素晴らしい景色が広がっている。
三陸の海はいい。
一日でも早く、この素晴らしい海と被災地の人達が共に暮らせる日が来ることを祈らずにはいられない。

がんばっぺ東北!