3年 〜戻れない26万人〜

P8180096.jpg 東日本大震災から3年が過ぎた。
→2011年 東北地方太平洋沖地震
→2012年 Requiem 3.11
→2013年 2年


テレビやニュースでは、相変わらず被災地を明るくする話題が無い。

- 被災地と無関係 1.3兆円
- 大震災3年 今なお避難26万人
- 被災3県 「帰還せず」半数
- 震災孤児 育ての親に疲労感
- 使い切れぬ復興予算 事業進まず基金化3兆
- 遠い故郷 原発避難者の苦悩

避難者の数がまだ26万人もいるということにビックリする。
そして、その内の半数である13万人が福島の原発絡みの避難者だという事は、重く受け止めなければならない。
津波で家が流されたわけではないのに町を追われ、"普通の生活" を奪われた人達が13万人もいる。
文字通り誰もいなくなった町は、あの日から時間が止まっている。

復興の為の予算については、被災地とは関係の無い地域や人に使われたものが1.3兆円もあるという事実に、お役所の人達を除く全国民が怒っている。

こんな調子でまた1年が過ぎていくのだろうか?
政治の使命は、一日も早く復興への道筋を示す事だ。
未だに道を示せないのは、この3年間で何もやってこなかった事に等しい。

生活に疲れ年老いた人達が、仮設住宅で人生の最後を向かえるという悲劇に何も感じなくなってしまったら、日本という国に未来は無い。


(あとがき:2014-3-12)
いま司馬遼太郎の「菜の花の沖」を読み返している。
今日は、故郷の淡路島を離れて暮らす主人公の嘉兵衛が数年降りに故郷の土を踏んだシーンを読んだ。

「嘉兵衛は、兵庫にいる。さらに船でもって他郷を転々としてゆく。海が相手というよりも、陸の世間すべてがたたかうべき相手であり、そのすべてが敵でないにしても、厚い壁であるにはちがいなかった。そういう場合、せめて故郷だけが、理屈や利害を離れて精神のよりどころになってもらわなければ、堪えられるものではない。
やがて、幾右衛門家の前に出ると、磯の香りがした。風がつよく、波の音がここまできこえてくる。」

故郷…とくに海の近くで育った人達は、そこにある空気や匂い、そして音までもが体に刻み込まれているんじゃないかと思う。
その故郷を奪われたり、戻れない虚しさは、大変なものだと思う。
一日も早く、26万人の人達が故郷へ戻れますように…。